FC2ブログ
ヘッダー画像

プロフィール

ken3179

Author:ken3179
小さなパン家「ひとつぶの麦」のブログへようこそ!
33年間勤めたJAを早期退職し、愛する妻(和ちゃん)と二人で、自宅の玄関を改良して始めた小さなパン屋。未知(パン職人)の世界へのチャレンジです。
二人の共通の趣味は登山と食べ歩き。個人的には、私(研ちゃん)はカメラと音楽鑑賞(クラシック音楽が大好き)、和ちゃんはステンドグラスとガーデニング(バラが大好き)。
そして二人には可愛いお孫ちゃんが三人、最近は生意気で可愛く無い時も有りますが!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

リンク

    
            

夢の優績者、念願のベスト10(共済課人事異動編)

2019/06/05
category - 研ちゃん昔話
コメント - 0
                         
釧路のプリンスホテルで開かれた共済の担当者会議で、事故処理と割り込み情報を使った推進活動の二刀流が報告されました。懇親会の席上で横に座った某農協の共済担当者が、研ちゃんの事故処理と共済推進の二刀流に対し、「やってもやらなくても給料は同じなのに、何でそんなに無理をするのか」と言われました。いわゆるわざわざ人に頭を下げてまで推進しなくても、給料は同じだろうと言うのです。さらに、そんな暇があったら農協の資格試験を取った方が出世もするし給料も上がると言われました。しかし研ちゃんの目標は、全道でベスト10に入り、全道1位のOさんと一緒に表彰台に立つ事だったので、正直言って「こいつ何言ってんだ」ぐらいにしか思いませんでした。全道広域推進研究会交流会でJAしべちゃの割り込み情報の事例発表する事になり、共済連釧路支所の業務課長と札幌に出張しました。会場に入るとなんと昨年事例発表をしたSさんが、表彰者として胸に大きなリボン徽章(きしょう)を付け立っていたのです。正直ショックでした。そして負けたと思いました。さらに、都市農協の強さをまざまざと見せつけられたような感じがしました。事例発表に立った研ちゃん、発表の最後に「僕は来年、このお立ち台に立ちます」、いわゆる優績者になると宣言してしまったのです。帰りの汽車の中で、業務課長にビックリしたとよ言われ、協力するので出来る事があったら言って下さいとエールを送ってくれました。それからというもの、事故処理用と推進用の手帳を2冊持ち、ひたすら走り回ったのです。示談が終わり釧路から午後8時に帰宅すると、お客様から契約の連絡が有ったと和ちゃんから聞くと、晩ご飯も食べずに吹っ飛んでいったものです。ストレスからなのか、一時は右の耳が聞こえなくなった事もありました。そんなプレッシャーの中、年が明け決算が終わり、後は実績の知らせを待つだけとなりました。結果は保証金額10置円を超え優績者に選ばれ、そして念願のベスト10入りを果したのです。町から優績者が初めて誕生した年でした。優績者のパーティーの席は特別席で、優績者ごとに席札が置かれ、会長他お偉方が同席していました。共済連の推進部長に言われました。「野球選手に例えると、1位のOさんは王貞治で記録を残す人だが、君は事故処理をしながら優績者になったので、三割三十本の長嶋茂雄だよ」と。そして、「この会場にいる担当者は、Oさんではなく、君を目標に頑張るだろう」とも。共済課人事異動編、これにて完結といたします。長々とお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
発表
IMG_20190605_0002.jpg
                
スポンサーサイト
                
                                      
            

JAしべちゃの割り込み情報(共済課人事異動編)

2019/06/04
category - 研ちゃん昔話
コメント - 0
                         
全道広域推進研究会交流会から戻った研ちゃん、事故処理だけでなく保険の推進もやってみる事にしました。全道1位のOさんと、事例発表をしたOさんの部下のSさんは憧れで有り、光り輝いて見えたのです。しかし、いざ鞄を持って商店街を回ってみても、そう簡単に保険の契約をしてくれるものではありませんでした。そこで考え着いたのが、「JAしべちゃの割り込み情報」でした。カテゴリの「漫画似顔絵」をご覧になっている方はご存知かと思いますが、自分で言うのもなんですが、こう見えても研ちゃん似顔絵が得意なのです。なので、お店の人の似顔絵とコメントを5判のカラーのコピー用紙に収め、毎月新聞折り込みに入れるといった企画でした。新聞折り込みの中から手に取って見たくなる、そして、JAって貯金もあるの?共済(保険)もやってるの?と町の人に理解してもらう。それは、農業のための農協から、地域のためのJAにかわり、地域から農業の大切さを理解してもらおうとの戦略でした。そして、この「JAしべちゃの割り込み情報」が道新の全道版に載り、その後の推進活動の大きな踏み台になるとは想像もしていませんでした。次回に続く。
IMG_20190604_0008.jpg
IMG_20190604_0002-2.jpg
IMG_20190604_0007.jpg
IMG_20190604_0010.jpg
IMG_20190604_0006.jpg



                                 
                                      
            

優績者との出会い(共済課人事異動編)

2019/05/30
category - 研ちゃん昔話
コメント - 0
                         
共済連釧路支所の業務係長と札幌の「全道広域推進研究会交流会」に参加した時の事です。共済連ビルの会場の広いフロアーには、全道各地域から数百人の共済担当者が集まっていました。正直言って、農協に勤めてからこんな大きな交流会に参加するのは初めての事でした。周りを見るとスーツ姿の共済担当者がずらりと並び、研ちゃんからすると誰もが優秀な職員に見え、フロアーの片隅に萎縮し茫然と立ち尽くしていました。時間が経つにつれ雰囲気にも段々と慣れ、周りを観察する余裕も出て来た頃、ある光景が目に留まりました。それは胸に大きなリボン徽章(きしょう)を付けた、一人の男性でした。その男性に数人の参加者が挨拶をしているのを見て、この人は只者ではないなと予感しました。受付を済ませ戻って来た業務係長に、あの人は誰ですかと訪ねると、広域推進(員外推進)のトップ、つまり全道で1位の優績者だと教えてくれました。そして、我々には関係のない世界の人だからと言われました。だがこの優績者との出会いが研ちゃんの後の農協(共済課)人生に於いて、大きな影響を及ぼす出来事だったとは、この時夢にも思わなかったのです。定刻に全道広域推進研究会交流会が幕を開け、事例発表や表彰式が執り行われ、最後はパーティー形式の交流会で幕を閉じました。交流会終了後、業務係長と二人で「すすきの」に繰り出し、朝まで(AM4:00)飲み明かしました。次回へ続く。
IMG_20190531_0001.jpg
                                 
                                      
            

組合員推進から員外推進へ(共済課人事異動編)

2019/05/29
category - 研ちゃん昔話
コメント - 0
                         
農協組織は系統三段階と言って、組合員(農家)JA(農協)連合会(中央会・信連・ホクレン・共済連)の三段階制になっていて、農協の共済課は共済連の保険業務(養老生命、子供共済、建物更生共済、年金共済、自動車共済)を扱う部署なのです。簡単に言うと農協の保険会社みたいなもので、年に一度、一斉推進といって組合員全戸を訪問し、共済(保険)の契約をお願いして回るのが推進の主軸でした。しかし高齢化や後継者不足で離農者が増え組合員が減少する中、共済連も組合員だけでは保有率が伸びないため、各農協に一般の人にも共済(保険)を勧めるように、員外推進のお願い(後に指導)をするようになりました。しかし専門部署を設け、渉外担当者に力を入れてるのは都市農協ぐらいで、町村の農協ではまだまだ理解しがたく、共済業務と自動車共済の事故処理の担当者を置くていどで、推進も組合員の一斉推進のみに頼っていました。なので、どこの農協の職員も最低限の人数で仕事をやっていたようです。次回へ続く。
推進IMG_20190423_0002
IMG_20190530_0001.jpg
                                 
                                      
            

作業着からネクタイに(共済課人事異動編)

2019/05/28
category - 研ちゃん昔話
コメント - 0
                         
先日、お客様に「昔、谷本さんに車の事故でお世話になった事が有りますけど、覚えていますか?覚えていないか~?」と言われました。当時(30代)年間300件以上の事故処理を熟し(こなし)、しかも10年以上も担当していたわけですから、小さな事故処理まで記憶しているかというと自信がありませんでした。共済課(養老生命、子供共済、建物更生共済、年金共済、自動車共済)の係長の辞令が出たときの心境は、作業着からネクタイに換わる、現場の仕事からデスクワークに換わる、そして部下がいる、その抵抗たるものは半端なプレッシャーではありませんでした。正直言って俺の農協人生もこれで終わりかと思いました。どこの農協の職員も、共済課には異動したくないと口々に言っていましたし、それが事故処理の担当ともなると、やりたくない仕事のワーストワンに上げていました。物損事故や人身事故の賠償で、日々苦悩している担当者の中には精神的に追い込まれ、体調を崩す職員もいたようです。担当者会議の時には酒を酌み交わしながら、「人の起こした事故で、何で俺が叱られなければならないんだ!」なんて愚痴を言ったり、「あの時の事故処理はうまくいった!」などと自慢をしたり、良きにつけ悪しきにつけよく語り合ったものです。次回に続く。
IMG_20190529_0001-3.jpg
共済宴会


                                 
                                      
    

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード