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ken3179

Author:ken3179
小さなパン家「ひとつぶの麦」のブログへようこそ!
33年間勤めたJAを早期退職し、愛する妻(和ちゃん)と二人で、自宅の玄関を改良して始めた小さなパン屋。未知(パン職人)の世界へのチャレンジです。
二人の共通の趣味は登山と食べ歩き。個人的には、私(研ちゃん)はカメラと音楽鑑賞(クラシック音楽が大好き)、和ちゃんはステンドグラスとガーデニング(バラが大好き)。
そして二人には可愛いお孫ちゃんが三人、最近は生意気で可愛く無い時も有りますが!

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光(希望)

2014/11/30
category - ひとつぶの麦の物語
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先週、標茶町にも初雪が降りました。灯油も高くなり、ストーブを焚かないように我慢していましたが、白いものがちらつくともう限界、朝一番の仕事はストーブのスイッチを入れることになりました。
ハード系のパンの注文が多い一週間でした。捏ねては焼き、捏ねては焼きの繰り返しに、「また作らなければならないのかぁ~?って感じでしょ」と、愉悦の眼差しで研ちゃんの作業を見つめる和ちゃん。それでも研ちゃんの心の中は注文してくれたお客様への感謝でいっぱい、それは、忙しい日はとても幸せな気持ちで働けるからです。焼き上がったパン達は、既に買ってくれるお客様が決まっていて、そしてその人達は、今日このパンを食べるのを楽しみに来てくれるからです。また、偶然店に来てパンと出会い、「あっ!カンパーニュが残ってたぁ~」なんて喜びながら、パンを抱えるようにして帰ったお客様や、バゲットが売り切れ、がっかりして帰ったお客様の顔を思い出しながら、繰り返し焼き上げていく仕事は、疲れを感じず、達成感や充足感で満たされるからです。和ちゃんもサラブライトマンのコンサートを聴きに行くのに、午前1時に起きてパンを焼き、午前7時の一番列車に間に合うように仕事を終わらせ、札幌のコンサート会場へと向かいました。その根性たるもの職人魂そのもの、無理しなくてもいいよと言ってやっても、お客様の喜ぶ顔が頭に浮かぶのでしょう、達成感や充足感を感じながら、繰り返しパンを焼いているのだと思います。
土曜日の夜、弟子屈町で娘とデートをして来ました。和ちゃんが札幌に行って留守なので、鮨の「よこ山」で食べようかと娘を夕食に誘ったのですが、孫の茉莉はお泊りでいなく、娘と二人だけの夕食となり、初デートとなった訳なのです。お店のご主人と女将さんは、とても優しい方で、開店時間の前でしたが、お店の中に入れてくれ、娘が来るまで待たせてくれました。「特上生ちらし」に、サービスの「あら汁」、最高に美味しく頂きました。そして、娘と二人の時間、最高に楽しく過ごさせていただきました。
衆議院が解散され、標茶町も各党の事務所開きの準備で大忙し、ひとつぶの麦に店舗の向かいでも、とある候補の選挙事務所が設けられました。消費税の増税、社会保障、原発の問題等々、日本が抱える問題はいっぱいです。高齢化や格差社会、そして飢餓。先の見えない社会情勢に希望を失いつつある人々、これは日本だけでなく、地球規模で抱えている問題です。花も鳥も動物も、人と同じく地球上に必要として創られた大切な存在、なので無駄に創られたものは何一つとしてありません。「夕あり朝あり」、「日は沈み、日はまた昇る」。旧約聖書の創め、神様が闇の中に最初にお創りになったものは「光」です。「光」は「希望」にたとえることが出来ます。仕事でも、人(お客様)に喜ばれる事を目標に努力すれば、自ずと心の中に「光」、希望が生まれるのかもしれません。

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邦画

2014/11/24
category - ひとつぶの麦の物語
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11月も残り一週間、クリスマスの準備には少し早いようですが、来週は和ちゃんがサラブライトマンのコンサートで留守にするため、日曜日、お店の飾り付けをいたしました。
最近、週末はDVDで邦画を見ながら寛ぐのが、研ちゃんの唯一の楽しみです。和ちゃん、「字幕を読むのが面倒になったんでしょ?」と馬鹿にしますが、研ちゃん監督による映像表現や、俳優の表現や演技力に魅せられ、役者って凄いなって感動して涙する今日この頃なのです。洋画でも同じではと思うでしょうが、邦画の方が自分の過去や身近な出来事と重なり、その感動は洋楽では味わう事は出来ません。ベテランの俳優では、西田敏行、中井貴一、阿部寛、佐藤浩市、織田裕二、柄本明さんにetc。若い俳優では、妻夫木聡、松田龍平、瑛太、岡田将生、高良健吾さんにetc。女優も含めると他にも大好きな俳優さんは沢山いますが、個性のある難しい役柄を見事に演じ切ったときなどは、役者という仕事の醍醐味を感じさせられ、感動で涙が止まらなくなります。「それって歳のせいで、涙腺が緩んでいるだけでしょ?」、と和ちゃんや親友の裕ちゃんにからかわれていますが、泣けるものは泣けるから仕方がないのです。読書をしていても、どの俳優に演技させるか?どう表現させるか?なんて、ちょっと楽しく、そして監督気分で小説を読んでいます。和ちゃんには反対されていますが、研ちゃん、ボクシング等の格闘技も大好きなので、60インチの大画面のテレビで、パッキャオやドネアの世界戦の観戦や邦画を鑑賞するのが目下の夢です。
49歳の電車の
悪人
舟を編む
素敵な金縛り
横道世之介
多田便利軒
県庁の星
パッキャオ
ドネア


                                 
                                      
            

人の目

2014/11/17
category - ひとつぶの麦の物語
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日曜日、休日ですが、中標津のお客様から数件まとめた注文が入り、パンを焼きました。パンを焼いていると、店の前に車が止まり、休業の看板を見て帰るお客様が何人かいました。ナンバープレートを確認すると、遠方のお客様もいたので、帰る後ろ姿を、心苦しい思いで見ていました。先日、野崎精肉店の奥様がパンを買いに見えたときも、「日曜日に来るお客様が、パン屋さんは今日お休みなんですか?とよく聞かれますよ!」と言われ、何のための仕事なの?誰のための仕事なの?と、少し反省を込め思案いたしました。なので、休日でも注文は受けるようにしています。
知床第一ホテルで観楓会をと思い、娘と孫を誘い、温泉と料理をたっぷり楽しんで来ました。でも、それはホテルの従業員が朝早くから夜遅くまで頑張ってくれた、手厚いサービスの代償があったお陰なのです。ホテルの入口で寒いのに出迎えてくれた人、フロントで親切に対応してくれた人、部屋まで荷物を持って案内してくれた人と、到着早々から、その手厚いのサービス受け、感謝の気持ちでいっぱいでした。大浴場の管理や清掃があって、気持ち良く入浴することが出来ますし、夕食の「マルスコイ」や朝食でも、配膳や飲み物等の行き届いたサービスがあってこそ、楽しい思い出がつくれるもの、気持ちよく眠れる布団だって然り、「お金を払うから当然」と思うのか、「よくぞそこまでしてくれた」と感謝するのかでは大違い。自分たちも仕事に戻れば立場は同じ、心の行き届いたサービスを目指さなければならないからです。
自分では気づかないうちに、「俺は客なんだ、金を払ってんだぞ~!」と、つい威張ったりマナーが悪くなり、第二の人生、60を目前に、「仕事って何だろう?」と考えさせられます。理由があって仕事につけない人でも、その人にとっては生きる事が大事な仕事。何のために働くのと聞かれると、家族のため、ご飯を食べるため、生きてゆくためにと人それぞれetc。結果、仕事でストレスが溜まると、人に愚痴を言ったり、やけ酒を飲んだり、病気(うつ病)になったりと、これまた問題もetcなのです。これら全てに共通してい言えることは、「人」と「人」が交わって発生する問題は、コミュニケーションがうまくとれない人間の感情的なトラブルが原因です。人が生きると書いて、それを「人生」と読みます。家族のため一生懸命に働くことは、とても素晴らしいことです。しかし、他人も自分と同じように家族のため、一生懸命に働いているんだということも忘れてはいけません。その思いやりが、コミュニケーションへとつながるからです。息子たちの生き方を見て、「今の若いものは、人のことを考えてない」などの愚痴を言ってしまい、自分も同じ道を辿って来たことを気づかされ反省する、「人の振り見て我が振り直せ」、人は人に教えられ成長してゆくものなのですね。聖書に「隣人を愛せよ」という言葉があります。この言葉を実行することは、非常に難しく無理だと思います。相手(人)に施しをしようと思えば、「右の手のすることを左の手知らせてはならない」という言葉もあり、私たちは「人に見てほしい」、「自分を認めてほしい」、「自分を評価してほしい」といつた願いや期待から、足の裏にも、背中にも知らせたくて、うずうずしてしまいがちです。「隣人を愛せよ」という言葉に、「人の目」を超越した世界「神の目」の生き方、誰にも知られない「愛」で、社会(仕事)や人に施し(貢献)をしていくといった、力強い生き方を感じ、そんな人生に憧れます。この話を息子にすると、「俺の施しをそんな目で見ていたのかぁ~!」と、有無を言わさず一方的に苦言を呈されました。自分も息子と同じように、容赦のない苦言を両親に浴びせ掛けて来たのかと気づきかされ、自責の念の駆られる今日この頃でした。

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因果応報

2014/11/09
category - ひとつぶの麦の物語
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息子の引越しで、右往左往しています。パンの仕事を調整しながら、釧路に買い物に出掛けたり、入居先のクッションマットを張ったりと、二人で老骨に鞭打って働いた一週間でした。若い二人を見ていると、「あれは?これは?」と口出しをしたくなる事ばかり、つい手を出てしまいたくなります。過去を振り返れば、私たち夫婦もお金も無いのに結婚したいと強情を張り、父母や義理の兄、そして兄姉に、想像もつかないほど心配をお掛けたものかと、60を目前に控え反省させられる毎日です。また、それすら気づかず一緒に暮らしたいの一心で自我を押通し、大人の声に耳を貸さなくなってしまった稚拙で我がまま私達夫婦を、辛抱強く見守っていてくれたからこそ、今の生活があるのだと赤面の思いに駆られる今日この頃。まさに「50にして天命を知る」と言うやつです。
最近、お店にパンを買いに来るお子さんを見ると、無性に可愛く感じるようになりました。それは、息子夫婦に新たなる「命」が芽生えたせいなのかもしれません。娘の子供で初孫の茉莉も大きくなり、早いもので来年は中学生。最近は、研ちゃんの話に耳を貸さなくなってきた(耳を貸すのはお小遣いをもらう時だけ!)子供を見て、娘も自分の思春期を思い出すようです。「因果応報」、何故か過去の思い出は悪く感じるものです。「あの時こうすれば良かったのに・・・?」との悔やが走馬灯の様に頭の中を駆け巡り、どう足掻いても戻らない人生を作り直そうと反芻して、それが子供達の生き方と重なった時、上から目線で警告(愚痴)を発し、「これは因果応報だ・・・}と苦悶の表情を浮かべてしまうのです。
若い二人の生活と、お腹の中で芽生えている命のが現実であり、因果応報などではなく、それはまさに、人生の真理なのです。
平均寿命ではなく健康寿命に目標を据え、お酒を控えなければ、健康に注意しなければ、長生きしなければ・・・・・と切に願うのです。

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一粒の麦

2014/11/03
category - ひとつぶの麦の物語
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「土曜日にバゲット10本とバターロール20個、お願いね~!」と、茶安別のチッカさんから注文が、配達先の藤島さんからも、「チッカさん、注文してますよね?」と確認され、頑張って早起きをしなければと、少しプレッシャーを感じる。土曜日は他の注文や、店売りとの焼きの兼ね合わを考えなければならないからです。近所のおばあちゃんから、娘さんが旅行で留守にしているため、朝食に焼きたてのベーグルを届けて欲しいとの野暮用の注文もこなし、何とか無事にオープンすることが出来ました。7年目を歩み出した「ひとつぶの麦」、今一度、初心に返り店名「ひとつぶの麦」の由来を思い出してみました。33年勤めた農協を辞め、先の見えない第二の人生に不安で悩んでいたころ、支えてくれたのは、妻であり、子供達であり、親友でした。そんな時、本棚にあった一冊の本に目が止まり、手にとって開いてみたのが聖書でした。30年以上も前かと思いますが、農協に勤めてまだ日の浅いころ、仕事で知り合った方がクリスチャンで、暇な時に読んでみたらと、別れ際に渡してくれたのですが、読んでも理解が出来ず、かと言って捨てるわけにもいかないので本棚に仕舞っておいたものです。その後、夕刊で三浦綾子読書会を知り、参加するため釧路の開催場所に行くと、そこは教会で、その教会の牧師も読書会に参加していました。読書会の回数を重ねるうちに、歳も同じというこもあって牧師とも仲良くなり、主日礼拝(毎週日曜日に行われる礼拝)への参加も勧められるようになりました。ある日、読書会の森下先生(読書会の会長)が、主日礼拝でメッセージ(聖書の学び)をするので来ないかと誘われ、本棚から聖書を取り出し、勇気を振り絞って教会に行くことを決意いたしました。そして、その時に礼拝で読み上げられた聖書の言葉が、ヨハネの福音書12章24節の「一粒の麦」だったのです。森下先生が、「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それはひとつのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」と言って、右手を高々と頭上に振り上げた瞬間、研ちゃんの目から涙が溢れ出し、パン屋を始めようという誓いで、胸を熱くしたのを記憶しています。私たち夫婦がパンの職人になれ、店をオープンすることが出来たのは、まさに神様の導きであり、神様が行った奇跡です。これからも神様への感謝と祈りを忘れず、お客様に美味しいパンを、幸せのパンをいっぱい食べていただく事が、「ひとつぶの麦」という店名(天命)を授かった、私たち夫婦の使命なのかもしれません。
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